ガワラジオ

個人的な出来事の整理用。

人がいない金曜日の新橋にて

Wは昨晩カラオケに行くのをやめた。

 

 

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新型コロナウィルスのパンデミックから3ヶ月、緊急事態宣言も解かれ、ゴーストタウン化していた東京も人がまばらに見られるようになった。

 

Wは暫くの間彼女以外の女性と会っていないとぼやいていて、彼が恵比寿のラウンジで知り合って、僕も一度一緒に飲んだことのある女を呼んで、焼肉でも食べようかという話になっていた。その女が一人で来ることが決まってWは悔しそうにしていたが、後で合コンでも組んでくれるようになれば、ということで開催された。

 

きっと仕事で遅れるであろうWの為に、新橋の焼肉屋を遅めの時間から予約。予約時間を少し過ぎたあたりで店に入った。案内された席には既に女がいた。以前会った際の印象よりもずっと小柄で痩せていて、麻様の白シャツにシワがよったベージュのロングスカートを履いていた。Wからかなり遅れるようだと連絡が入ったので、我々は先に飯を食べ始めることにした。

 

彼女とはWと一度飲んだことがあったきりで、会話の材料に苦心した。tinderで逢瀬を重ねる男等はどんな会話を切り出しているのだろうか。店員に注文をしている時間が、最も心地の良い時間に感じられる。

 

「忙しくしてた?最近。」僕はそう訊いた。彼女がどんなに忙しかったとしても大して興味は無い。簡単な質問を投げて、なるべく長時間彼女に喋ってもらえれば、気まずい食事会だという印象は無くなるはずである。

彼女は即座に、「すごい忙しかったんですよ。もうずっと仕事で。」と答えた。僕は、舞台の仕事?と訊く。前回会った時に、そんなような仕事についていたと聞いた記憶があった。女は、訂正する様に、「そう、"芝居"が忙しくって」と答えた。舞台だけでは無く、テレビにも出ているぞ、という訂正なのだろうか。僕はそれ以上"芝居"に関して何かを訊く気にはなれなかった。

共通の話題は、最近の気温かコロナウィルスを除けばWしか無いので、自ずと彼の話題になる。聞けばラウンジの同僚が彼のことがたまらなく好きで、彼女との仲がどうなっているのか気になっているのだそうだ。無愛想の割によくモテるんだなと思った。女は話の終わりで、「まあ私はほとんどラウンジには出勤してないんだけどね。」と念を押した。「これ、すごくおいしいね。」と僕は卵かけご飯を頬張りながら答えた。Wが到着した。

 

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僕らは焼肉屋を後にして、近くの雑居ビルにあるこじんまりとしたショットバーに移動した。女は、終電が気になるとも、飲み足りないとも言わずに僕とWと共に2軒目について来ていた。

 

1軒目で話したラウンジの同僚の恋煩いをW本人に伝えた為、話題は恋愛観についてとなった。僕は暫く恋人もいない。恋人が欲しいと思うが、女性と連絡を取ることすらしなくなった現状を鑑みるに、多分どこかで恋人なぞ要らないと思っているんだろうな、という趣旨の話をした。Wは、「まあ、今は恋愛対象ゾーンが君の実力値より狭く設定されているっていことだろうね。周りが結婚したりして、寂しくなってきたらどこかでそのゾーンを広げて妥協して恋愛をすることになるのだろうね。」と分析した。Wはコンサルに勤めていて、ロジカルであることに大きな誇りを持っている話し方をする。僕はその通りだと感心していたが、女は隣で「ひどーいー。何てこというの?」とすかさず否定した。「Wのいうゾーンはハードルのことで、ハードルはゾーンと違って・・・」とひとしきりよくわからない説明をした後、「妥協だなんてひどい。」とWの言葉尻を拾った。彼女の中途半端な長さの髪と、シワがよった時代外れのロングスカートは、信念などとうに捨てたと言っているようだった。ただ、否定がしたかった。私より遥かにつまらない(であろう)人生を歩んで来たはずの彼がなぜか自信満々に語っている構図を、彼女は中身の無い否定によって、何とか打開しようとしたのである。「君は仕事が忙しいからね、恋愛してる暇なんてないんじゃ無いの?」僕は彼女のご機嫌を取るべくそう訊いた。「今は恋愛より仕事かな。」彼女はさも得意げにそう答えた。

 

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「まあ、何の収穫も無い会だったな。ずっとこんな事してるよな、俺ら。」Wは呟いた。

数ヶ月休業していたカラオケ店に光が灯っているのを確認して、「いくか?」と誘った。

Wは一度カラオケの方角に体を向けたあと、「まあ、帰るか。」と答えた。Wを乗せて西に進むタクシーを眺めて僕は煙草に火をつける。人気の無い新橋の夜はいつもより広いように感じた。